前にブログで紹介したよう、趣味で写真を撮りにいくことがあります。
私のカメラは、デジカメでなく、古いフイルムカメラで、マニュアルのカメラです。
デジタルカメラと違い、写真を現像するまでどのようなできになってるのか、わからなく、いつも写真を現像するのを楽しみにしています。100枚ぐらい写真を撮り、いいなと思うものが1枚あるかないかです。
また、今のカメラと違い、シャタースピードや、露出を自分であわせて写真を撮るので、1枚の写真を撮るにも手間がかかります。しかし、その手間が楽しく、写真を撮る行為も楽しく感じます。
今主流のデジカメになくなってしまった良さが、古いカメラには、残っています。
皆さんの身の回りにも、古く使うのに手間がかかるものがあるかもしれません、しかしその中には、今のものに感じられなくなった良さがあるかもしれません、もう一度そのような物を見直し使って見るのもいいかもしれません。
京都本部 福永
今年も夏祭りの季節となりました。
先週末は東京本部の事務所のそばでも東京湾大華火祭りが催され12,000発の花火が打ち上げられました。
高層のビルからはとてもよく見えるとの話ですが、都会の花火大会らしく円形の花火がちゃんと全部見えるところは少なく、ビルの谷間から覗く花火を楽しむ、歩きながら観賞できるところを探し出すという普通の花火大会とはちがった楽しみ方ができます。
また、来週末は麻布十番納涼祭りを予定しています。
麻布十番祭
昨年も同じように書かせてもらいましたが、混みますよ。人出だけで汗をかきます。
象徴的なイベントはこれといってないお祭りですが、屋台の数が半端ではありません。
お祭りの定番の屋台・麻布十番のお店が出店する屋台・各国の大使館の協力する屋台・骨董品の市とあり、ほとんどが食べ物系。毎年おいしいものを探し出すことを楽しみに出掛けています。
東京本部 本多
週明けにはお盆を迎え、まだまだ暑い時期が続きます。
出典は忘れましたが、日本で夏場一番暑い地域は京都、大阪らしいです。
子供の頃はこの時期、地蔵盆の行事が楽しみでした。
長じたのちは参加することもなく、北関東に居住していた時期はそもそも行事自体見かけることがありませんでした。
この地蔵盆、地蔵菩薩の縁日の8月24日とその前日のお祭りだそうで、実際の行事はこの近辺の土日に市内各所で行われます。
子供たちが彩色したお地蔵さん、なかなかきれいなものもあります。
また、奥嵯峨の化野(あだしの)念仏寺では、この2日間、千灯供養が営まれます。
一時期は事前に来訪予約が必要だったのですが、最近は撤廃されたようです。
http://www.nenbutsuji.jp/nenkan.html
化野の地は平安の昔、風葬の地であったところで、あちこちに散在していた石仏、供養塔をあつめたお寺が念仏寺だそうです。
この時期はとにかく暑いので、京都来訪はあまりお勧めしませんが、全国的に知れ渡っている大文字の送り火とは違った風情が楽しめるかも知れません。
京都近辺在住の方は遠くさかのぼればご自身のご縁者がまつられているかも知れませんね。
京都本部 二神幸彦
私は今から約20年くらい前に近所の農家の人から土地を借りまして、自治会の同世代(当時40代)の仲間とコミュニケーション(ノミニケーション)を兼ねてトマト・ナス・スイカをはじめ、いろいろな種類の野菜を作って楽しんできました。
最初の5年くらいはみんなで楽しんでいましたが、今は私1人になってしまいました。
私にとって家庭菜園はストレスの解消にもなり、野菜の成長と収穫をゆっくりと楽しみながら汗をかいています。
人も野菜も、何事にもあせらず見守って育てていかなければならないことを実感しています。
茨城本部 楢原
でんすけすいかの由来
黒皮で外観がユニークなところから、だれにも親しめる商品名の考えから「でんすけすいか」と命名し、平成元年に特許庁に商標登録されました。命名にあたっては、先にユニークな演技で人気の高かった今は亡き喜劇俳優の大宮敏光さんの舞台名にあやかったものです。また、当時は、水田の転作が始まり、稲の代わりに何かないものかと模索していた時でもあり、稲の代わりにすいかを植え「田を助ける」という「田助」の二つの由来がありました。
8月に入り全国的に梅雨明けもして夏本番といった感じです。
こどもたちは夏休み真っ盛りで、社会人の方もお盆休みを前に長期休暇を予定している方も多いのではないでしょうか。
この時期になると水の事故などによる報道をよく耳にします。せっかくの楽しい夏休み、気をつけたいものです。
あと、熱中症などの暑さ対策にも気をつけたいものです。
子供のころ、夏休みに外へ遊びに行く時には、よく親から帽子をかぶるように言われたように思います。強い日差しの中で夢中で遊んでいると時間なんて忘れてしまいます。
直射日光の下、帽子をかぶらずに5分間いるだけで、帽子をかぶっている人に比べ、10度近く頭の温度が高くなるそうです。
夏の外出時には帽子を持参して楽しい思い出を。
松山本部 野上
メジャーリーグ、シカゴホワイトソックスで活躍していた井口選手の
フィラデルフィアフィリーズへの電撃トレードが7月28日に発表された。
ホワイトソックスに入団した最初の年にワールドシリーズを制し、
ワールドチャンピョンになったこともあり、井口選手本人もシカゴには
かなりの愛着があったようだ。
井口選手の公式サイトにも「涙・涙・・・・!」とコメントがあった。
シーズン中のトレードはメジャーでは当たり前とはいえ、やはり急だなぁ
と思う。こういう状況では、選手がチームへの愛着を持ちにくいのでは
とも思ってしまう。ただ、選手側にも自分の売込みができるフリーエー
ジェントという制度があるので、時としてチームへの愛着心よりビジネ
スとしてチームを選ぶということは当たり前になっている。
そんな中、今年のオールスターでMVPを獲得したイチロー選手がシアトル
マリナーズと来年から5年契約を結んだことを考えると、イチロー選手の
日本人が抱きやすいチームへの愛着が表れているのかと思ってしまう。
ただ、今回の5年契約は総額120億円という大型契約でそれなりのサラリー
を獲得できる契約であったので、イチロー選手が本当にチームに愛着を
持っているかは5年後の契約更改時にわかるのかもしれない。
東京本部 小原
松山は梅雨も明け、本格的に暑くなってきました。
まだ梅雨入りしたころの話ですが、先月、ほたるを見に山のほうに行ってきました。
空気はまだ少しひんやりとして、その中を幻想的にほたるが舞っていました。
ほたるはオスがメスを探して飛び、草などにとまって光っているのがメスだそうです。
オス同士は集まると、発光の周期が同調してきます。
なぜかな、と思っていたのですが、
メスはあまり点滅しないか、その周期がオスに比べてゆっくりなので、
オスは同時に点滅したほうがメスを見つけやすいと考えられているようです。
今年は偶然にほたるの交尾を見つけることができました。
こうやって命をつないでいっているのだな…と感動しました。
ほたるはきれいな環境のところにしか生息できません。
「エコ」についてもちょっと考えることができた一日でした。
松山本部 渡辺
先日、妻が事故に遭いました。
原付で仕事場から自宅に帰る途中で
直進していたところ、車が右折してきてフロントに接触転倒。
相手の方は、病院に見舞いに来られた老夫婦でした。
事故の現場が病院の前なので妻はその病院で治療を受ける
ことができました。
幸い軽い打撲等で済みましたが、妻から連絡があったときは
「ドキッ」としました。
今もまだ膝が痛いらしく病院に通っています。
お互い運転には細心の注意をするよう心がけているのですが、
今回のように天候・道路事情等により事故が発生しますし、
運転者が全員プロではありません。
私は運転する際には、時間の余裕を充分取るようにしています。
事故が減少する車社会にするのは運転者の心がけと考えます。
京都本部 田村
京都の夏祭りと言えばやはり祇園祭。
今年は台風の影響もあり、14日から16日迄の宵山等の人出
は案外例年より少なかったと思います。
しかし、17日山鉾巡行には、かなりのたくさんの人が集まり、
我、京都本部の前にもたくさんの観光客や、一般の人が浴衣姿
等で、観覧されておりました。私たちも部屋の中から、覗いて
みたり・・・理由の一つに、家族やクライアントさんが参加して
いると言う事もあり・・・(さぼって見ていた言い訳です!)
この祇園祭の一番迫力のある場面は、10日、28日の御輿洗い
だそうです。神社の方は、是非見て頂きたいとの事で、祭の激しさ
が実感できますよとの事です。来年の祇園祭は是非、京都においで
下さいませ。
京都本部 下田



坂の上の雲ミュジアム
前回で少し紹介しましたが、坂の上の雲ミュージアムが、平成19年4月28日開館しました。
このミュージアムは松山のまち全体をフィールドミュージアムとする構想の一角を担う施設として創立されました。地下1階、地上4階建てで、建築家 安藤忠雄氏による設計のもと平成16年12月22日着工、平成18年11月30日に竣工しました。
松山城周辺の歴史や文化を意識して考えられた建物は周囲の自然環境に配慮した外観と安藤氏がイメージする「坂の上の雲」を表現した空間となっています。
観光客からはよく、ミュージアムはどこかと尋ねられることがあると聞きますが、入場者数は当初の予想・計画を大幅に上回っているようです。
今年の秋から来年以降、ドラマの撮影が始まると一層、松山が全国的に知られてくると思いますが、独自の文化を維持しつつ、新しい松山が発見できることを期待しています。
ドラマといえば、「バルトの楽園」という映画がありますが、この物語は、第一次世界大戦中の徳島県鳴門市の板東俘虜収容所で起きた実話を基に、収容所所長・松江豊寿の活躍や、俘虜となったドイツ兵と地元の住民の交流などを描いた感動の映画です。
その十年前の1904年(明治37年)に始まった、大日本帝国とロシア帝国が、朝鮮半島と満州の覇権を巡って争った日露戦争を背景に描かれたのが、司馬遼太郎作「坂の上の雲」です。
この日露戦争の時に捕虜となったロシア兵のうち、松山俘虜収容所には延べ6,000人余りが収容されました。病気や戦場での傷が元で命を落とした98名のロシア兵士達の安らかな眠りを願って、立派なロシア人墓地がたてられました。
(次回はこの松山俘虜収容所を紹介する予定です。)
松山本部 村上